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禅の命脈 番外編

生来の音楽家、作曲家である自分が、何故、禅を求めたか。 簡単に言ってしまえば、自分のライフワークとして後世に遺す作品にふさわしい題材を求めていたのだ。 娯楽としての音楽、人生の指針としての音楽、など音楽には様々な有り様があり、いずれも人間が人間としての英知を傾け、その様式を壊し、新たに打ち立て、魂の叫び、人間性のありったけを絞った結果としての立派な諸先輩方の作品が世の中には溢れている。

もちろん、音楽だけではなく絵画や他の多くの芸術作品も、人間としての人生を賭けたあらゆる戦いの結晶たちなのだ。 が、同時に作家の人生は、己の作品のテーマにいつも追い詰められている。 中には、そうして絞り出された血と汗の結晶として、森羅万象、高次元の域に至る、とてもヒトの技とは思えない神々しい作品が生まれることもある。

まして、人生経験の浅い若い時代に、奥の深い人間性の深淵を直感的にせよ掴んで音にする、なんて奇跡に近い。 作品を生むために未熟な経験からエネルギーを絞り出すのは、何かが違う。 と、若い頃からずっと考えていた。 文学作家でも、太宰治、芥川龍之介、川端康成、三島由紀夫と聡明な天才、先輩方々でさえ、漏れなく自ら命を絶つほどの混迷、絶望と引き換えに?

命を削った? そういうものか? 『自己の真相』とはいつでも、どの場面でもそれほどに根本的な問題なのだ。 当事者にとっては。 が、そのための日々の努力、生活全体にまで及ぶ節制は大変なものだ。

当然僕自身も、自分の音楽語法を持って、何を語るのか、思えば思うほど迷っている自分、自己矛盾して苦しんでいる自分と向き合う事になる。 あるいは書きたい事、書くべき事を試行錯誤しながらの創作活動に、自身が納得できなかっただけなのかもしれない。 もっと自然体で、必然的に溢れてくる音楽をしたい。書きたい。 出来るものなら。 そのためには、音楽とは別の、音楽以前の、自己の指針、ヒトとしての足元としての何か、確信を求めていたのだ。 結果、自然に西洋芸術の様式とは離れ、日本人として自分の足下を見つめてゆく事から始まり、必然の結果として禅=仏法に巡り合った。 それは、例えば、 -

ヒトが作った作品としての価値だけでは無く、音楽存在としてとても敵わない、とずっと意識してきたバッハ音楽の域。 対して、東洋が誇る、禅=仏法に立脚した揺るぎない土台の上にそびえる音楽。 自然体から溢れてくる、悟りの波動が根底にあり、その上に人間の英知、語法の完成がそのまま音になった音楽。 もしそれが可能なら、ようやくバッハと対等に戦える(?)のではないか。

こう言ってしまうと簡単だけど、実際は自分が一体何をやっているのか、何がしたいのか、どうすれば良いのか。 全く言葉にすらならない悶々とした日々の連続だった。 - それでいて、このままでは意味が無い=持て余す虚無感だけが残り、直感的にこれは違うとハッキリと分かる。 と、ずーっと長いこと全くの闇の中だった若い頃から、随分と時間もかかり、遠廻りもしている。 けれど、必然の道筋を通って、ようやく出会うべき自己に出会おうとしている。 これで正しいということだけは、今、とても納得している。 未だ途中だけれど、ずっと長いこと言葉にすら出来なかった自分の内なる声が、ようやく自分にだけにはハッキリと聞こえてきたのかな。

50年間突っ走ってきた音楽が、今、毎日とても新鮮で、ずっと自由になった。 土台、 禅=本来の力に支えられて?!(^-^) 春は花 夏 時鳥 秋は月 冬 雪冴えて涼しかりけり ー道元ー

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